言葉にしないと伝わらない。文字にしないと残らない。

元自衛隊員が描く特殊戦のリアルさ“邦人奪還”レビュー

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その職に身をおいた人だからこそ書けるリアルな空気感。

 邦人奪還

クーデターによって内政が極端に不安定になった北朝鮮。

軍部の暴走によってミサイル攻撃の動きが見える中、アメリカによる先制攻撃による無力化作戦も同時に立ち上がります。

しかしアメリカの攻撃対象となる基地のすぐそばに拉致被害者が暮らす施設があり、攻撃に巻き込まれるかもしれない。

そこでアメリカによる先制攻撃の前に拉致被害者を超法的処置によって自衛隊特殊部隊によって奪還計画が実行されるのであった…

 

というのがこの物語の大筋。元自衛隊員の伊藤氏によるこの作品。

実際に自衛隊初の特殊部隊の隊長を務め上げたからこそ書ける作戦現場の空気感や精神状態が行間から滲み出ています。

特殊部隊ものの小説は数多くあれど、実際に特殊部隊(しかも隊長)の経験がある著者によるこの小説はフィクションであるにも関わらず、ノンフィクションのような緊迫感と現実感があります。

ド派手な爆発シーンや銃撃戦はあまりありませんが、もし特殊部隊の作戦の立て方や考え方、マインドセットに興味があるならば一読の価値は大いにあります。

特殊部隊の考え方や生態が文字になっている

あらすじは先述の以上でも以下でもなく、もっと面白そうな作品は他にもあるかと思います(失礼)。

ですが、この作品のほかにない魅力は特殊部隊の考え方や生態を垣間見ることができるというところです。

 

例えば、軍を持たないという日本国憲法下で自衛隊という存在はかなり異質な存在です。

ましてや上陸作戦などを行う特殊部隊はなおさらです。

そんな自身の存在について作中の自衛隊員の発言を借りてこのように述べています。

自衛官は、捕虜にはならない。なれないんだよ。日本に軍隊はないと憲法で宣言しているよな。だから軍人は存在しない。軍人じゃない人間は捕虜にはなれない。ジュネーブ条約だの何だので規定してある捕虜の権利は一切認められない。それが自衛官だ

伊藤祐靖. 邦人奪還自衛隊特殊部隊が動くとき (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1881-1883). Kindle 版.

他にも自衛隊と米軍との違いについては、こんなふうに語っています。

「米軍は世界最強だよ。でも、最強の理由はふたつある。圧倒的な軍事予算と組織力だよ。レベルの高くない人間10人で、ちゃんと10の力を発揮する組織を作る能力で、あの国は世界に君臨している。日本は逆。レベルの高い人間が山ほどいるのに、10人集まっても6の力しか出せない」

伊藤祐靖. 邦人奪還自衛隊特殊部隊が動くとき (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1004-1007). Kindle 版.

 実際にNavy SEALsと訓練を行ったから書ける文書です。

力を物理的に誇示できる軍隊という国力の基準の一つがこのように比較されるのは、歴史的にもビジネス的にも、さまざまな側面で考えさせられるのではないでしょうか。

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premium.toyokeizai.net

もとは東洋経済の連載コラムですが、本コラムの集大成がこの作品になっているのかなと感じました。

単行本化されていないのが残念ですが、先にこのコラムを読んでおけば作品に対する理解が深まります。

 

伊藤氏が小学生の頃に与えられた課題図書。

読書感想文はサボってしまったらしいのですが、自衛隊に入ってから再読したら「当時この本を真面目に読んでいたら今の人生はなかった」(抄訳)とすら感じたこの本。

なぜロウソクが燃えるかという現象からさまざまな自然の現象について考察を深めていく本です。

この本を読んでみて

派手さや痛快さはない淡々と語られる特殊部隊の作戦立案とその実行。

気軽に気楽に読める本ではないとは思うのですが、最初にページをめくってから最後のページまで一気に読んでしまいました。

物語には若干「出来過ぎでは?」と思えるところもあるのですが、それを補ってあまりあるほどの現実味があります。

まるで一般人が特殊部隊の作戦立案会議に放り入れられたような感じです。

 

元特殊部隊隊長によるノンフィクションっぽいフィクション作品。

ズシンとくる読了感をお求めならば覚悟をしてどうぞ。