奴隷貿易の歴史を総括的に振り返る
奴隷船の世界史
奴隷を運ぶ奴隷船に焦点を当てて奴隷の歴史を総括的に振り返ることができるこの本。
歴史の教科書などで一度は目にしたことのあるこういった図。
ギチギチのミチミチに押し込められた奴隷の絵を初めて見たときの印象は忘れられないものがあるのではないでしょうか。
この本はそんな奴隷船ってどういう船だったのか?ということは本書ではあまり語られません。全体の2割もないかもしれません。大部分は奴隷貿易についての解説です。
わたしは知らなかった(習ったけど忘れていた?)のですが、奴隷貿易というのは三角貿易なのです。
欧州からアフリカへ銃や宝飾品を、アフリカから南米へ奴隷を、アフリカから欧州へ砂糖や綿を運んでいたのです。それぞれの航路では運ぶ”商品”が違うので異なる性格の航海を行います。
三角貿易で最も過酷なのは、やはり、アフリカから南米への奴隷貿易と、意外にも、南米から欧州への帰路だったのです。
奴隷船と奴隷と乗組員
奴隷船には奴隷の他に船長や航海士、甲板長、料理長、そして彼らの支持で働く水夫が乗り組みます。水夫は欧州で募集されるのですが、だれも自ら進んで奴隷船の水夫になろうとはしませんでした。
当たり前ですね。数年にも及ぶ航海の上、奴隷の反乱のリスクを負わなければ行けないのですから。
水夫の多くは借金の返済のためにやむなく奴隷船の水夫になったといいます。驚くべきことに航海中の水夫の死亡率は奴隷とほぼ同等であったのです。
奴隷貿易の最初の頃ははるばる兵隊を送り込んで奴隷狩りをしていたそうなのですが、兵士に負傷のリスクもあるうえ、商品である奴隷に傷が入るということでヨーロッパ人が自ら暴力的な徴収は行われなかったといいます。
ではどのように奴隷を集めていたのかというと、部族の対立を利用したのです。欧州からの金品や宝飾品、武器などをアフリカのある部族に与え、他の部族を侵略させ、ほか部族の捕虜を奴隷として購入していたのです。
要は欧州がアフリカで部族戦争をさせていたわけですね。
「私は心底から思うのだが、もしヨーロッパ人が奴隷と交換に品物を与えることによって人々をそそのかすのをやめるならば、アフリカで起こっている戦争の大部分はやむであろう。また、ヨーロッパ人は軍隊を送りこんでいるわけではないが、彼らの道は血にまみれている。売却されるために留保された捕虜は殺された者より少ない、と私は思う」。
布留川 正博. 奴隷船の世界史 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.951-954). Kindle 版.
とジョン・ニュートンが書いています。後述しますが彼はアメイジング・グレイスを作曲した人です。
宝飾品で購入した奴隷を南米に送り届けるのが奴隷船の役目です。数ヶ月に及ぶ航海を奴隷たちに自由を与えずに健康を保つ工夫が描かれます。
他にも奴隷の暴動に対応するための特殊な作りや、実際の暴動の結果などについても記録をもとに解説が加わっています。
南米で奴隷と砂糖を交換して、欧州へ向かいます。これが最後の航海なのですが、ここで邪魔になるものが出てきます。
それが水夫です。もう奴隷はいません。奴隷の反乱に備えて多めに乗り組んでいる水夫の分の食料を減らせば、たくさんの砂糖や綿が積み込めるので一人あたりの取り分が増えます。
乗組員は帰りの航海に耐えられないと思わせるように、水夫に理不尽に当たります。
航海に耐えかねて南米のプランテーションにとどまったように見せかけ、水夫という積荷を南米に捨てておくほうが船長たちからすると得だったのです。水夫の死亡率が奴隷と同等だったというのも頷けますね。
奴隷の廃止と現在
無駄のない商品(奴隷含む)の流通で奴隷貿易は産業革命を支えたといいます。
そんな奴隷貿易を終わらせる一員となったのが「不買運動」です。不買運動ってのはいつの世でも起こるようですね。
人権意識が芽生えだしてきた頃、この砂糖は奴隷によって作られているということで主婦層に不買運動が起こったのです。上記の画像には「わたしは人ではなく、仲間でもないのか?」と書かれています。
しまいには「この砂糖は奴隷によって作られていません」という商品ラベルが出たほど。
最初は主婦層の不買運動だったのが、段々と活動の規模を増し、上記のロゴを旗印にして奴隷廃止運動の炎は燃え上がります。
関連する本・作品
アメイジング・グレイス
日本でも有名な賛美歌ですが、この作曲者のジョン・ニュートンが奴隷船の船長だったことは有名ですね。
「このような(奴隷船船長)わたしを神は救ってくれた」と聞くとこの曲の雰囲気が全く変わってきますよね。
アミスタッドという奴隷船で起こった暴動をもとにした映画です。この本の中でもこの映画にも触れられています。
極東のとある島国では、まだ奴隷狩りも奴隷制度が残っているそうです。レビュー記事はこちらからどうぞ。
この本を読んでみて
この本の裏付けとなっているデータの緻密さに驚きました。
何百年も前の記録なのに航海日誌というものはしっかりと管理されデータベースとして残るほど体系的に管理され続けて来たのでしょう。
そして、積荷として数えられた奴隷の命の重さは幾ばくのものだったのか。今となっては古びたインクの数字ですが、そこには確かに生きた1人の人間がいたのです。
ほかにも奴隷という存在にばかりスポットライトがあたっていましたが、奴隷船、特に水夫にも光を当てたというところは新しい試みと言えるでしょう。
わたしは「奴隷船って確かにどんなものかイメージはあるけど、具体的にどんなものなんだろう?」くらいのつもりで買ったので、ここまでガチガチに歴史のお勉強をするとは思わず、ちょっと戸惑いました。
また奴隷船に関しても触れられているのは、ほんの少しですので「うわ、奴隷船のことだけ超知りてぇ」ってひとは買わないほうがいいです。
奴隷船を切り口に奴隷の歴史を総括できる、お手軽ではありませんが、人類史を語る上で欠かせない奴隷について学び直せる重たい読書でした。
この記事のサムネイルはamazon商品ページより引用しました。