千里の道も一歩から。三歩進んで二歩下がる。
Shoe Dog(シュードッグ)ー靴にすべてを。
創設者のフィル・ナイト氏自身によって語られる今となっては一大ブランドのナイキがどの様に誕生したのかを記した自叙伝です。表題のShoe Dog(靴の犬)とは靴のために東奔西走することをいとわない靴バカのこと。
自宅のガレージから始まった靴の仲介業者のような事業がどの様に世界規模で知られる有名ブランドになっていったのかを淡々と(フィル氏の主観ですが)語られています。
この本を読むまでナイキはアディダスやプーマなどと同じくらい古くからある会社だと思っていたのですが、もっと後発で事業を始めたのが1964年です。あの有名なロゴが出来たのが1971年と出来てまだ50年くらいしか経っていないんです。
ナイキほど大きなブランドがどんなふうに出来上がっていったのか。その道はもちろん平坦なものではなく、幾度となく倒産や資金繰りの危機に見舞われます。「もはやこれまでか」という危機的状況が何度も出くわし、フィクションだったとしてもやりすぎだと思ってしまうくらいです。
本書の始まりはナイキの前身であるブルーリボンスポーツの立ち上げ。そしてゴールはナイキの上場とその後で終わります。仕事では技術屋の私には、いまいち響かないところもありましたが「ビジネスは銃弾の飛び交わない戦争」とか「ビジネスはお金を儲けることではない」と含蓄深い文言を見つけることができます。
大学生がスポーツシューズのレポートを与えられ、オレゴン州のポートランドの実家のガレージで始めた事業が多くの人を巻き込み、世界で知られるブランドに成長していく物語を感情たっぷりに追体験することができます。だから、たかが靴屋の物語がビジネス書のヒットとなったのかもしれません。
日本に翻弄されたナイキ
ナイキは最初から自分の工場を持っていて自社独自の靴を作っていたわけではありません。先に述べたように、実家のガレージで始めた事業です。最初は靴の仲介業者のような事業をしていました。ナイキが最初期に売っていたのは日本の靴。アシックスのスポーツシューズを販売していたんです。
しかしアシックスとの関係は常に良好であったわけではなく、時が経つと敵対するまでに関係は悪化します。そしてついに自社で靴を生産することを決めます。工場を立てたり、生産体制を整えるためには融資が必要。無名の振興のシューズメーカーに融資してくれる銀行なんてアメリカ国内にどこにもなく、やっとの思いで見つけた融資先が、またも日本の商社の日商岩井(現:双日)だったんです。
当時、アシックスとナイキの関係がもっとよければ自社独自のシューズを生産しようと思わなかったかもしれませんし、日本の融資がなければ今のようなナイキにならなかったかもしれません。
ビジネス書としての魅力
Shoe Dogはビジネス書として売られており、好評を博しています。自叙伝的なノンフィクション小説のようにも読めるのですが、どうしてビジネスパーソンに受けているんでしょう。
それは「あのナイキですらこんなに紆余曲折を経て成長した記録」や「若者が始めた事業が世界展開に広がる経緯」が詳細に描かれているからではと思います。フィクションにしてもやりすぎなくらい危機的状況や創始者が打ちのめされるような出来事が続きます。それでもなお事業を諦めずにボロボロになりながらも戦い続けた姿もヒットした理由とも考えられます。
ナイキだって最初から大企業だったわけじゃありません。最初は経営も不慣れで最初1,000ドルだった売上が100万ドルになり、身の丈に合わない事業規模に不安に感じた姿も正直に描かれています。
ためし読みならこちらから
ナイキというブランド物語について書かれているこの本ですが、出版元の東洋経済新報社はこの本のプロモーションに相当力を入れているらしく、特設ページなんかも解説してあります。
このページで立ち読みも出来ますし、いろいろなポップやこの本の感想を見てみることができます。
この本を読んでみて
マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズなどの大スター選手もナイキを使っていました。あのナイキのロゴマークが入ったバスケットシューズや帽子がセットで思い浮かびます。ちなみにあのロゴはスウォッシュと言うそうです。そんなナイキがこんなふうに生まれてきたなんて、良い気づきを得ることが出来ました。
創始者のフィル・ナイト氏がランナーだってのも気に入りました。物語序盤、このような下りがあります。
ランナーなら誰もがこのことを知っている。何マイルも何マイルも走って走りまくっても、なぜそうするのかは自分でもわからない。ゴールを目指して走り、快感を追い求めているのだと自分に言い聞かせるが、実は止まるのが怖くて走っているのだ。
フィル・ナイト. SHOE DOG(シュードッグ)靴にすべてを。 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.344-346). Kindle 版.
止まるのが怖いという精神がきっとナイキの根底にはあったのではないでしょうか。これは「その場にとどまるには、全力で走り続けなければならない」という生き残るものに共通する赤の女王仮説に通じるものがあるのではないでしょうか。だから世界に名だたるビッグブランドとして今も君臨しているのでしょう。
2019年の2月には、試合中にナイキのバスケットシューズが派手に壊れて選手に怪我を負わせてしまい、時価総額の何%かを失いましたが、きっとまた立て直すのでしょう。
章立てが細かすぎて節と節のつながりが希薄に感じられたり、メートルとマイルがごっちゃになって距離感がいまいち想像できないってのに目をつぶっても困難に立ち向かい続けた創始者の追体験ができるよい本でした。
ちなみに私もランナーの端くれ。止まるのが怖くて走っているというのには大いに共感しました。でもレースのときも練習のときも私の足にピッタリフィットするアディダスのシューズをつかっています。