悩める技術開発職や理系大学生に。
独創はひらめかないー「素人発想 玄人実行」の法則
以前は「素人のように考え、玄人として実行するー問題解決のメタ技術」というタイトルで発行されていた本のリバイバル版。著者の金出先生の特別講義を受けたこときっかけに「講義も面白かったし、いっちょ読んでみるか」って手にとったんです。
今から20年以上前に自動運転のシステムを開発して自動運転車でアメリカ合衆国を横断したり、アメフトのスタジアムのカメラシステムを開発したりしたコンピュータビジョンの第一人者の著書はさぞ堅苦しい内容だろうと思ったんですが、実際に読んでみるとそんな事はありませんでした。
金出先生の研究に対する姿勢と研究者が持つべき視点と姿勢。研究がうまく行かなかったときはこうすればいいかもしれない…研究の大先輩からのアドバイス、そしてジョークが詰まった本でした。私も研究開発職の仕事をしていますので、行き詰まった…と感じたときはこの本に書いてあることを思い出すようにしています。
悩める理系学生・研究職の人に
この本を読めば自分の研究が進んだり、抱えている問題の画期的な解決方法が見るかるわけではありません。あくまで「こう考えたらいいんじゃないかな?」ってそっとヒントを与えてくれる本です。
研究や仕事がうまく進まないときって、物事が「できない」とか「うまくいかない」ってことが多いと思うんです。プログラムが上手く動かないとか、自分が考えた提案方法が従来方法と大差ない…できない…って。
そんな「できない」って状態から次が始まるんだってこの本では説明しています。「できない」→「なぜか?」→「できないのが正しい」→「じゃあ、どこを直せばいいのか?」という段階を踏んで新しい発想につながると言うんです。
なんだ、結局できないのが正しいのかよ…ってがっかりするかもしれませんが、「できない」って制約ことを知らないと延々とそのドツボのなかで苦悩することになります。そんな状態だといいアイデアなんて浮かびっこない。
だからこそ、できない状態のときに一度立ち止まって「そもそもこれはできないことが正しいのでは?」と気づかないとダメなんです。できないことがわかったから、その研究や仕事をやめちゃおうってわけじゃなくて、そこを避けて通るであるとか、問題に多少の変形を加えてみるなどの別の視点から考えることが大事なんです。
こういう思考法が大事で、その時の考え方こそが素人のように単純に考えるってことなんです。
単純に考える
この本の一貫した主張が「単純に考える」ってこと。タネ明かしをしてもらうと「なんだ、そんなことだったのか」って拍子抜けするようなモノってありますよね。発想っていうのは単純、素直、自由、簡単でなければならないと金出先生は主張します。
でもそういった発想は難しいですよね。なぜなら私達には知識があるからなんです。知識があると「あの方法でもダメだったから、これもダメなのでは…?」とか「先行者も同じようなアプローチをしてたな…」とか発想ががんじがらめに固められてしまうんです。専門家や研究者ほど発想の柔軟性が損なわれてしまいがちなんです。
発想の柔軟性を取り戻すためには門外漢、素人のごとく「あれはこうなんじゃないか?」とか「こうだったらいいのに」というように考えることがキモです。こうあってほしい、こうなりたい、という前向きな発想の方向を持てば発想の柔軟性を取り戻せます。
最後に、自由で単純な発想をプロとして実行する。素人のごとく実行するのはダメ。「システムを作る人は、ユーザはシステムと会話してるのだと知らねばならない。」身にしみる一言でした。
研究者、かくあるべき。
研究者、しかも大学教授にもなると膨大な知識に支えられた発想をしてしまい、自由な発想がしにくくなってしまうという状態になりがちですが、そういうのはイカンよって大学教授たる金出先生が主張しているのは強い説得力がありますね。
この本で素人発想・玄人実行の他に主張していて印象的だったのが、学校では成績がダメダメだったのに偉大な研究を残した歴史上の人物の話。たとえばアインシュタイン博士は学校での成績はダメだったみたいですね。
ここで重要なのが「学校では振るわなかった”にもかかわらず”独創的な研究ができた。」ってことで「学校では振るわなかった”から”独創的な研究ができた。」ってわけじゃないんです。学校で真面目に勉強することを軽んじたり馬鹿にするような風潮があることはとても残念だと書かれています。確かにそのとおりだなぁ。
悩める研究者・理系学生を勇気づけるこの一書。カーネギーメロン大学で教授を務める人でも「できるのだろうか?」「大丈夫かな?」って不安になると正直に描かれています。「できるのだろうか?」っていう不安と「やった!できたぞ!」っていう達成感をコンボで味わうのが知的な体力の強力な土台になるとも書かれています。
うまくいかない…研究や仕事がすすまない…って人への研究人生の大先輩からの優しいエールがこの本のこの一言に詰まっています。「できるやつほど、迷うものなんだ。」