NENZOP

言葉にしないと伝わらない。文字にしないと残らない。

制限時間は27時間?!ブルベという自転車レースに参加した時の話

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制限時間は27時間です。翌朝の11時までにここに戻って来れないライダーはDNF(Did Not Finish)になりますので、皆さんがんばってください!

 

そんなレース前ミーティングが開かれるレースはなかなかないんじゃないんでしょうか?今回は北海道400kmブルベに初参加した時のお話をします。

北海道の海岸線を400km走れと?

発端は大学の教授。大学時代、私は北海道に住んでいました。彼はオーストラリア人だったのですが、私が自転車を趣味程度に乗っていることを知った途端に

「お前は何キロ走れるのか?」

「乗っている自転車はどこのメーカーだ?」

「今までで最高何時間走ったことがあるのか?」

 

と質問攻めにしてきました。

「えっと、何時間走ったとか記録は無いんですけど、この夏に自転車で北海道から福岡まで走りました。」

www.nenzop.net

 

すると満足げに頷いたかと思うと

「レースの詳細をメールで送るからお前のメールアドレスを教えろ」

とのこと。

 

2分後、私のメールボックスに届いたのは400kmブルベの詳細と参加申込書が添付された一通のメールでした。

 

ブルベってなんぞ?

メールを受け取って思ったことが「400kmレース?40kmじゃなっくて?」ってことでした。でもスタート時間が午前8時でゴール制限が翌日午前11時と書かれており、「あっまじで400kmなんだ」っと察しました。

 

当時、ブルベなんて言葉を知らなかったので、色々と聞いてみると自転車のラリーの様なものだと言うことを知りました。ざっとまとめると

  • 200km〜1,200を走る超長距離レース
  • 順位はつけない(建前)
  • サポートカーはないのでトラブルは自分で対処
  • チェックポイントはコンビニ。レシートが証拠
  • 完走できないと判断したら自分でなんとかすること

というレース。

 

なんかとんでもないレースに参加することになったのでは…と戦々恐々としながらレース申込書を提出しました。

 

私が参加したのが27時間で400kmを走る”中距離”ブルベ。4万円のクロスバイクで本当に参加できるのか…と不安になりましたが、レースに出るからにはやってやろうということで装備を整え始めました。

 

長距離レースならではの装備とルール

27時間ということなので、もちろん夜間もぶっ通しで走ることになります。その為夜間の装備が超重要です。

 

前照灯・赤色尾灯は必ず2つ。反射ジャケットを着用が義務でした。赤色尾灯は点滅形式だと後方ライダーを幻惑する可能性があるので常時点灯のものとの指定もガチ感が漂います。

 

ブルベは10月中旬。北海道なのでそれはもう寒くなっている季節です。レース中は峠越えを6回もやるので防寒対策は必須です。ウィンドブレーカーやタイツ、グローブはもちろん用意します。

 

そして何より重要なのが補給。道南の海岸線沿いのコンビニは早ければ20時にはしまってしまうのでチェックポイントのコンビニまで100km近く補給ができない砂漠地帯が発生します。

 

パンク修理キット用の携帯ポンプや交換のチューブも2本以上携帯することが義務付けられており「何かあった時は自分で何とかすること」が徹底されています。

 

ブルベは基本的に他者に助けてもらってはいけません。パンクを自転車屋さんに修理してもらったり、休憩にホテルを使ったりとすることはNGということでした。

 

チューブやライトを準備しながら「これはとんでもないレースに参加することになったのでは…?」と他人事のように考えていました。

 

いよいよレース当日

レース申込みから1ヶ月ほどでレースの日がやってきました。特に何も練習をせず参加することになりました。

 

これから400kmも走るってのに札幌から200km以上自走してきてスタートラインに立つ剛の者もいました。スタートとゴールは同じ長万部という街のキャンプ場です。ライダーは30人前後いました。これから20時間以上走るってのにみんなニコニコしていました。

 

午前8時にスタートが切られ、ゆるゆると走り出します。なにせ長いレースだから最初から飛ばすような連中は少なかったです。

 

少なかったです。

 

後から聞いた話だと早い人だと16時間位で帰って来るライダーもいるらしく、そういったライダーは「これレースじゃないって言ったよね?」ってくらいのスピードで消えていきます。その中に私を誘ったオーストラリア人も混じっていました。

 

〜50km:首をもたげる後悔

最初の10kmはみんな談笑しながら北海道のだだっ広い太平洋側の海岸線沿いの国道を走ります。20kmほど走ると最初の峠に差し掛かります。

 

その頃から「あれ…?これだけ走っても5%ってヤバくないか?」と不安が…

 

最初の峠で30人のライダーがバラバラになります。早い人はグングン坂を登っていきますし、エンジョイ勢ライダーは後方に沈んでいきます。

 

最初のチェックポイントは80km地点にあります。寿都という街の道の駅です。ここだけ有人チェックポイントです。次からのチェックポイントはコンビニになります。

 

100km:暴風の海岸性沿い

最初のチェックポイントから次のチェックポイントは日本海側の海岸線沿いを走ります。風よけゼロです。

 

最悪なことに暴風と言っていいほどの向かい風でペダルを回しても回しても前に進みません。いや、進んではいるのですが、自分の苦労と似つかわぬ速度でしか前に進みません。

 

2ndチェックポイントの北桧山についた時点で16時くらい。ここから峠越えをして太平洋側の八雲という街に向かいます。

 

200km:暗闇の峠越え

3rdチェックポイントの八雲についたときにはとっぷりと日も暮れて気温が下がり始めます。ご飯を消化できる体力がある内に出来るだけ高カロリーなものを食べます。

 

私はラーメンやらチャーハンやらを食べたのですが、疲れた時の油ものは無駄に体力を消耗するという事をレースが終わってから知りました。

 

ご飯を食べたら再び峠越えをして日本海側に出ます。北海道の真っ暗な峠を自転車に取り付けたちっぽけなライトで走ります。

 

もしここでガードレールを突き破って崖下に転落したら、きっと誰も助けては暮れないんだろうなぁ…と思いながら峠を走ります。

 

街灯も何も無いので峠の斜度もわかりません。ペダルから伝わる重さで上り坂なのか下り坂なのか判断していました。

 

日本海側に出たらもう日付が変わりそうでした。久々に見る人工の光が目に染みました。

 

300km:記憶がもつれだす

最南端の4thチェックポイントの上ノ国のローソンにブルベライダーがいました。知らない人でしたが、深夜12時にコンビニの前でレーサージャージに身を包んで反射ジャケットを着込んでいる人はどう考えてもブルベライダーです。

 

話を聞いてみるとここまで単独で走ってきたけど疲れが出て一緒に走る人を待っていたとのこと。

 

じゃぁ一緒に走りましょうか?ってことで2ndチェックポイントだった北桧山に向けて走り出します。

 

ここからの記憶が非常に曖昧です。サイクルコンピュータの走行距離がまばたきしたら10kmほど進んでいたり、よくわからないものを見かけた様な気がします。

 

時間は午前3時。北桧山のローソンに満身創痍の状態で入店したライダー2人を店員さんはどんな気持ちで迎えたんだろう…?

 

400km:思考と発話が一致しない

5thチェックポイントの北桧山を出発した時は午前3時。最後の峠越えを行ってスタートの長万部まで戻ります。

 

だんだん簡単な計算すら出来なくなってきます。例えば後80kmで時速20kmで走ったら何時間でつくんだろう?って計算ができなくなります。

 

もっと言えば左右の区別ができなくなります。

 

道の分かれ道で右に行かなきゃいけないのに、「ここ左に曲がりましょう」と発話してしまいます。

同行者「あれ?右ですよね?」

私「はい、左です。えっ?」

同行者「一旦休みましょう…」

 

という会話が繰り広げられました。分かれ道で見上げた星が落ちてくるような夜空が目に焼き付いています。

 

380km地点で夜が明けてきます。ここでもワケのわからないものをたくさん見ました。軽自動車くらいあるカエル。自転車と並走する狐と兎。自転車の周りをクルクルと回る白いふわふわした丸いもの…

 

不思議なもので夜が明けて太陽が見えてくるとこういったものは見えなくなりました。

 

無事ゴール:21時間走り続けた…

早朝にゴールのキャンプ場にたどり着いたのですが、誰も出迎えてくれません「ゴールされた人はこちら→」と書いてあるコテージに入ってみると泥の様に眠るライダーと受付の方が。

 

各チェックポイントで集めたレシートを提出して無事完走認定をいただきました。

 

タイムは21時間23分。目標の20時間台は達成ならず…

 

だからといってもう一度やろう!とは中々思えないこのレース。東京から名古屋までが380kmという距離なので400kmという距離のイメージがつきますでしょうか?

 

私をブルベに誘ったオーストラリア人の教授は翌年から別の大学に赴任してしまったのでその後を詳しくは知りませんが、きっと今でもブルベを走っていることでしょう…