NENZOP

言葉にしないと伝わらない。文字にしないと残らない。

2003年のラノベの折込広告を掘り起こしたら昔の記憶が鮮やかによみがえった

Sponsored Link

f:id:Ziddorie:20180424232550p:plain

記憶になくても、覚えてた。

ライトノベルの折込広告

今は紙の本を全く買わないので、こういった折込広告や投げ込み広告を見ることがなくなったのですが、私がまだまだラノベキッズだった2004年あたり。ほぼ毎月、電撃文庫やスニーカー文庫を買っていたので、折込広告が溜まる溜まる。

 

電撃文庫なら電撃の缶詰。スニーカー文庫ならStreet Theater。富士見ファンタジア文庫ならドラゴンプレス。なんの役に立つかもわからなかったのですが、なんか捨てるのがもったいなくて実家の勉強机の横に掛けた本屋のビニール袋にポイポイ投げ込んでいたんです。

 

で、このごろ最近目のライトノベルを読んでみたんですけど、この折込広告について思い出しました。ちょうどいいことに帰省するチャンスがあったので「そう言えば昔の広告取ってたよなぁ…」と思ってそのビニール袋をひっくり返してみました。ホコリにまみれながら昔の広告を開いてみたら、昔の記憶が手が震えるほど鮮やかによみがえりました。

 

実家の貧相な照明と擦り切れた畳が背景でちょっと見にくいんですけど、少しでも当時のことを思い出すきっかけになれば幸いです。そしてあぁ、こんな本読んだなぁ…って思い出すときっと作家さんも嬉しいのでは…

 

10年ほど前から昔ライトノベルを読んでいた人なら、きっと「あったわw」って思うような記憶が呼び起こされると思いますよ。ちなみに一番古い広告が2002年12月。そして一番新しい広告が2005年5月。2018年現在で言えば、高校1年から中学1年生が生まれたくらいの年ですね。

 

電撃文庫〜電撃の缶詰〜

f:id:Ziddorie:20180520182524j:plain

見つかった2003年の広告がこれ。歯抜けになっているのはご勘弁。もう、絵のタッチに歴史を感じますよね。

 

まず一番古いのが2003年の2月の電撃の缶詰。その当時の新刊がこれ。どん!

f:id:Ziddorie:20180520182616j:plain

この時点でセピア色がやばい。もう全力で殺しに来ている。だって「キーリ」の第1巻って。壁井ユカコさんも一般紙を出したりして出世したなぁ。あと「バッカーノ!」これが新人賞だった頃だから私もアラサーになるわけだ。「リバーズ・エンド」も懐かしいなぁ…

 

f:id:Ziddorie:20180520182945j:plain

そして2003年6月。この頃にライトノベルという単語を知ってズブズブと首まで沼に沈んでいった頃。「しにがみのバラッド。」「桜色BUMP」、「アンダーラグロッキング」…読んだなぁ…ちなみにこの月に「撲殺天使ドクロちゃん」の第1巻が発売されました。

 

2004年のもありました。

f:id:Ziddorie:20180520183145j:plain

急に折込広告が増えてきてるあたり、急速にラノベにハマりつつあった当時の自分が蘇ってきます。

 

f:id:Ziddorie:20180520183533j:plain

有川浩先生の「塩の街」が発売されたのが、この2004年の2月。この作品を読んだの時、面白すぎて徹夜して一気に読み切ったのを覚えています。

 

f:id:Ziddorie:20180520183850j:plain

そして衝撃だったのが2004年4月の新刊。「とある魔術の禁書目録」と「デュラララ!!」の連載が始まった月です。今も人気を誇るビッグタイトルがここから始まったのか…ちなみに禁書目録は同年6月に第2巻が発売されています。この時から速筆だったのですね。

 

f:id:Ziddorie:20180520184322j:plain

最後に2005年分。すごく少ないです。なんでかって言うとたしかこの年あたりに大学受験があったんですよね。だからライトノベルなんて読む暇がなくなって結局このころからライトノベルからフェードアウトしちゃったんですよね…

 

f:id:Ziddorie:20180520184400j:plain

2005年1月。「ミナミノミナミノ」ってこの頃発売だったのか… 10年以上2巻はよって言っていたのか…

 

角川スニーカー文庫〜Street Theater〜

f:id:Ziddorie:20180520184616j:plain

角川スニーカー文庫の折込広告、Street Theater。当時のスニーカー文庫はハルヒ推し。でもスニーカー文庫ってハルヒ以降、結構下火でしたよね。最近読んだ「このすば」くらいまでデカいヒットってあったのかな…アニメもライトノベルもやめちゃったから知らないだけなのかも…

 

一番古いのが2002年12月のもの。

f:id:Ziddorie:20180520185036j:plain

「バイトでウィザード」は読んでました。「てのひらのエネミー」とか「エイティエリート」とかもスニーカー文庫だったっけ…それが2002年のことだったなんて…よくよく見ると、今でも名を聞く作家さんの名前があるのにちょっと驚き。

 

そして一番新しいのが2004年7月。

f:id:Ziddorie:20180520185433j:plain

「お・り・が・み」とか10年以上忘れていたのに、この広告を見た瞬間に「あっ、これ読んでたわ!」ってバチッと思い出せるフシギ。

 

富士見ファンタジア文庫〜ドラゴンプレス〜

f:id:Ziddorie:20180520185734j:plain

電撃文庫とともに安定した人気を保つ富士見ファンタジア文庫。最近見たらロゴが変わっていてちょっとびっくり。この頃は、「まぶらほ」「フルメタル・パニック」が連載されていて電撃文庫くらいには勢いがあったのかも。

 

一番古いのが2003年8月。まだスレイヤーズが連載されていた頃。絵から感じる歴史感よ…そう言えば富士見ミステリー文庫とかありましたね。2009年になくなっちゃったみたいですが。

f:id:Ziddorie:20180520185934j:plain

「天華無敵」「ISON」はこの頃だったのか…「EME」とかも好きでした。

 

「風の聖痕」の作者さんは亡くなっちゃいましたよね。「ゼロの使い魔」の作者さんも死去されましたし。

f:id:Ziddorie:20180520190626j:plain

 

当時私はラノベキッズだった

なんかおっさんの回顧録みたいになっちゃいましたけども。

 

ここに載せた以外にも、たくさんの色んな広告が出てきました。「なんで取ってたんだろ…」って当時の私の行動を奇妙にも思いましたが。たくさんの広告やアンケートハガキを見ていて、当時の私は本当にラノベばかり読んでたラノベキッズだったんだなぁって、気恥ずかしくも思います。

 

以前書いた記事で「今のラノベはジャーゴンと改行が多すぎる」みたいな事かきましたけど、この当時のラノベも外から見たらそうだったのではないでしょうか。それを「今のラノベは…」みたいな目線で語っちゃうってことは、精神が老化したんだろうなと感じます。きっと当時の私に今のラノベを読ませても夢中になって読むだろうし、その逆も有り得るのではって思います。

 

ライトノベルからSF小説や新書、一般小説へと嗜好が変わっていた私のように、文芸の一つの入口としてのラノベっていう存在は歓迎されるべきではないでしょうか。まぁ正門ではないかもしれませんが…

 

記憶になくても思い出す

広告を引っ張り出すまで「先輩と僕」「ポスト・ガール」「オ・リ・ガ・ミ」「平井骸惚此中ニ有リ」とか本当に全く覚えてなかったんです。でも広告を開いてみて目を通すとビックリするくらい鮮明に当時の事を思い出すんですよね。フシギ!きっかけがあるとバッっと思い出せる感覚。そしてその本の内容だけじゃなくて当時通っていた本屋、貸し借りした友人たちの顔なんかがフラッシュバックするのです。

 

話は飛ぶようですが、最近読んだ本で人類の進化について語った本があるんです。約1万年前、まだネアンデルタール人とかがいた時代のホモ・サピエンス(今の人類の先祖)の脳の体積って今の人類より大きかったんですって。今の人類が1,350ccくらい。当時の人類が1,450ccほどあったそうなんです。今の人類はたった1万年で100ccも脳がちっちゃくなってしまったんです。

 

なぜかって言うと脳って人体の中で最もエネルギーを消耗する組織なので大きな脳を維持するためにはたくさんご飯を食べないといけない。でも脳を小さくすれば消費するカロリーも少なくて済む。そうすると少ない食料でも多くの子孫を残す事ができるっていう、合理的な進化なんです。

 

でもなんで脳が小さくなっちゃんたんでしょう?その答えのヒントが「文字や文書」なんじゃないかなって考えがあるんです。文字がなかった時は全部、脳内記憶でなんとかしなきゃだめだったのが、文字に起こすことで記憶を外部化出来る。そうすると脳内記憶する必要がなくなったから脳が小さくなったっていう仮説があるのだそうです。

 

この本を読んだ直後だからってのもあるのかもしれませんが、こんな壮大な考えまで思いを巡らせちゃいましたよ。多分この記事を読んでいる人でも、ほんの今まで忘れてたのに「あったわ〜!なっつwww」って感じてる人も多いのではないでしょうか。それって私が折込広告を見直している時の感覚と全く同じです。もしこの記事を読んで私と同じような感情を持ってもらったら、作者さんも「誰かの記憶の中に自分の作品が息づいてる」って、きっと喜ばれるのでは無いでしょうか。